無期雇用派遣とは何だったのか ~退職編~
三本目の記事にして退職するの、どうかと思います。
毎週木曜日の午前中がスマホ休憩の時間になって久しい。
機密保持の観点から、事務所内への持ち込みが禁じられているので、スマホ休憩には一度別棟の更衣室に戻る必要がある。
事務所を出ると、うだるような暑気とセミの声が一気に降ってくる。冬にここK市に降り立ってから早7ヶ月、季節は夏だった。
木曜午前のミーティングは、コロナ影響もあって最小人数で行うこととなり、外様派遣の僕は参加しないことになっていた。
(お、じゃあこの時間、席の周りに誰もいないのか…サボろw)
こうして手持ちの仕事がない時には、ミーティングが終わるまでの1時間弱、Twitterを見てサボるのが恒例となっていた。
お盆が近付くと木曜午前に限らず手持ち無沙汰な時間が増えてゆく。
入社以来、月に1~2度のペースで、工場にて製品の試作をする仕事があり、その前後は比較的忙しくなっていた。
が、7,8月はたまたまそれがない空白の期間で、大した仕事もできない僕は文字通りの社内ニートと化していたのだ。
(あ〜、なんかやることないか聞きに行こうかな、でも会話したくねぇなぁ、仕事もしたくないし…でも、何もしないのもヒマだしなぁ〜…)
そんな感じで結局ダラダラと社内報を眺めたり、食堂のメニュー表を見て「おなかすいたな〜」って思ったりしながら“““いかにも仕事してますよ”””風な顔でひたすら17:30のチャイムを待つ日々。
これが案外消耗した。
季節は夏、セミの声と蒸し暑い暑気が満ちる季節…梅田に飛んだ、あの日と同じ。
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失踪…
日に日に『失踪』の二文字が心を支配してゆく。
荷物を工場から事務所に運搬するパシリ作業の途中で
(ああ、この荷物その辺にぶん投げて失踪したら大騒ぎになるのかな、ハハハ)
とかよく考えた。
「…それ(失踪)、ここではマジでやめてね。担当営業が派遣先にめっちゃ頭下げることになるからさ…」
そして、必ずセットで思い出すのは入社直後、群馬の工場の帰りに営業さんに言われた言葉だった。
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人に迷惑をかけるのは、いくない。
ギリギリで踏みとどまる日々が続いた。
10日間のお盆休みを終え、出勤する頃になると、失踪欲以上に謎の達成感を覚えるようになった。
(もう、いいかな。)
色々なことに、なぜか、満足していた。
(お盆明け、失踪しなかったし、もういいかな)
(8ヶ月も一人暮らしごっこをしたし、もういいかな)
(国分町のソープにも、楽天生命パーク宮城にも行ったし、もういいかな)
無限に湧いてくる「もう、いいかな。」が身体をがんじがらめにして、毎朝の出勤は今までになく重苦しくなっていった。
1ヶ月振りに22時まで残業した日、「もういいかな」が「もうむり!」になって襲いかかってきた。
(もうむり!今日で最後!やめる!やめる!やめる!!!!!!!!!!!!)
街灯もない田舎道で自転車を漕ぎながら、たった8ヶ月、ほんの4時間の残業で打ちのめされている自分が情けなくて泣きそうになる。
すき家でチー牛を頬張り、泣く。
会社を2日サボった。もう仮病も厳しいと判断した3日目、派遣元の担当営業・Kさん(同い年・黄金の94年世代)に電話をかける。
とりあえず、メンタルの医者的なモノに行きたいので休みたいと伝えた。
「原因は何ですか?何か、あるんですよね?」
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん…よくわかんないっす…」
「原因も分からないままそういう病院に行って、例えば休職になったとしても、結局何も変わらないと思うんですよね」
「ハイ…」
「原因が分からない以上、こちらでも対処は難しいので今日は1日どうしてそうなってしまったか考えてみてもらっていいですか?夕方なら、電話出れるので。」
「ハイ…」
サボり3日目、なんでかいしゃいきたくないのかかんがえる記念日がstart.
日中、外をフラフラ彷徨い歩きながらこれまでの日々を振り返ってみるが、イマイチ原因を言葉にできない。
夕方、とりあえずKさんに連絡。
ともかく退職したくて仕方ない僕は『近頃集中力の持続が難しく、このままでは工場作業で重大な事故に繋がりかねない』という点をアピールしてみる。
「そうですか…う〜ん…自分も集中力が続かないことはありますし…そうですね、例えば『集中力が続かない時はどうするか』をアンケートを取ってみます。同じようなことで悩んでいる派遣スタッフは沢山いるでしょうから。その結果をねこどらさんにお伝えして、参考にして頂く、というのはどうでしょうか?」
「…え?」
「どうでしょうか?他にも、そうですね、自分がやっていることとしてはJFHDGOIU3428573645:231871DSFHVBK87645234VFS…(数々の対処法)」
「え、えっ…」
「どうですか?いいですよ、言葉を選ばなくて…」
Kさんは穏やかに言う。
僕は、思わず「正気ですか?」と言いそうになった。
これまで失踪明けのガバガバ退職ステップしか踏んだことのない僕は、ある程度訴えれば退職の流れになると勝手に思い込んでいたのである。
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それが、まさか勤続の方向に進むとは…
当然の話だが、派遣元としては契約期間中途でいきなり派遣社員が退職するなど論外なのである。
クソザコメンタルアピールであっさり退職できると思っていた僕はその事実を目の当たりにして、泣く。
同い年の営業スタッフに対して、泣きながら言う。
「でもぉ、主任さんとかともぉウグッ…全然話せなぐでっ…ヴッ…思うように会話できなぐでッ…自己嫌悪みだいになっでェ…」
「…」
「ここで『頑張ります』って言うのがスジってモンなン"でじょうけどォ…ヴヴッ…多分もゔ無理でェッ…」
一度涙を流してしまうと、不思議なもので、堰を切ったように言葉が溢れてくる。
多分これが本音ってヤツなのかなぁって思った。(小並感)
「…話は少し分かりました。それで、ねこどらさんはどうしたいんですか?」
「退職を、したいです。」
「…分かりました。ただ、ねこどらさんが今住んでいるのは社員寮ですし、もちろん会社の方にも報告をして手続きをする必要があります…〜〜〜〜〜」
2020年9月11日、退職が事実上決定
一週間後、日曜日。
9月に入ってから曇天続きの東北の空はこの日も鬱屈としていた。
全ての荷物を梱包し、がらんどうになった部屋は、随分広く感じられる。
「入居した時に戻ったなぁ、アハハ」
8ヶ月。短い社会人ごっこだった。
出社拒否状態となった僕は、退職手続きの一切をKさんに丸投げ、一度も出勤することなくこの日を迎えていた。
再び、実家暮らし子供部屋おじさんに逆戻りである。
玄関のチャイムが鳴った。 物腰穏やかな引っ越し作業員が手際よく荷物を運び出してゆく。
「お荷物の到着なんですけど、今“““転勤”””シーズンでして、少し遅れるんですが、よろしいですか?」
「あ…ああ、はい。大丈夫ですよ、全然」
子供部屋に“““転勤”””する僕は、力なく笑うのだった。
(了)