逃亡後日談〜思い出の退職手続き編〜
仙台で身柄を確保され、地元埼玉に戻ってから二週間弱
僕は激しく動揺し、碌に外出もできず鬱ぎ込んでいた…
…
……
………
…なんてことはなく、毎日元気に自転車を漕いでポケモンGOをしていた。
当時は夏に新機能としてレイドバトルが実装されたばかりで、バンギラスを狩ることが僕の仕事(手取りは0)だった。
「色々話もしたいし、〇〇(僕の住んでいるところです)まで行くからとりあえず会えないか?」
H課長からショートメッセージが届いたのはちょうどそんな頃だった
課長は飲み営業の人として知られていた
どんな人とも「とりあえず今度飲みましょう」で飲みに行っては仲良くなって、うまいこと上り詰めたらしい
「とりあえず会おう」とはなんともH課長らしい、とたかだか数ヶ月の付き合いの僕でも思った
また、H課長といえば「とにかく仕事をしない」とか「本職は休日の少年野球の審判」とかいろいろ言われていた
逃亡明けに会う会社の人間ではダントツで会いやすいカンジの人だったから、僕は二つ返事で了解の旨を伝えた。
地元駅の改札前でH課長と会うのはなんだかヘンな感じだ。
まずは無事でよかった、ということを6億回くらい言われる
本当に、色々な人に心配をかけてしまったのだと実感する
『サイゼリヤ』に入る
テーブルを挟んで向かい合い、H課長は色々と訪ねた
失踪中のこと、その原因、特に嫌な先輩などはいなかったか…
正直、僕自身もなんで唐突に新幹線に乗ったのかイマイチ分からないので、有耶無耶なことしか言えなかったし、聞かれたところで別に嫌でもなかった
寧ろ家庭内で逃亡話はタブーみたいになっていて一切話題に上がらないので、色々話せたほうが少しスッキリしたくらいだ
「…じゃあ、〇〇(僕の名前です)は退職…ってカタチで、いいのかな」
「…はい。」
話はこうして退職手続きのことになった
本来会社に出向いて手続きするのが筋ってモンだが、特例でH課長が間に入って全てを受け持って下さることになった
次回会う時に必要な書類一式を持ってくるから、そこに署名なり押印なりすれば退職完了という訳だ
神
思った。
二度目の“““二者面談”””は、代々木上原の駅で行われる運びとなった
なんでも、H課長が仕事でその辺に行くついでとのことだった
(へえ、ちゃんと仕事してんじゃん、課長)
最低な(元)新入社員は内心思った
本当最低だな
突然会社に来なくなるし。
代々木上原駅のカフェで、コーヒーを片手に僕は言われるがまま必要書類に署名押印していく
「ここの退職理由ってのはな、総務に聞いたんだ。これでいいってさ」
小さなカンペにはこうあった
『体調が思わしくなく、治療に専念したい。快復後は、転職を考えているため。』
笑いそうになった
治療ってなんだ
ポケモンGOのことか?
バンギラスを倒すのが治療なのか?
とにかく言われるがままに書類を書き、名刺やら名札やら保険証やらを残らず渡し、僕は晴れて無職となった
「まあ、再就職でも決まったら、俺くらいには教えてくれよ、な?」
「…ッス…」
別れ際、H課長は僕の肩ポンポンと叩いて言った
あれから一年半
僕はまだH課長に連絡をしていない
再就職をしていないので。
(了)