仕事をバックれて梅田に逃げた話〜仙台・完結編〜

人生で一番不味いコーヒーだった

 

 

 

仙台の名もなきホテルのロビーで、僕は両親と向かい合っている

 

 

母は紅茶を頼み、父と僕はコーヒーを頼んだ

 

 

 

 

 

何が嫌だったのか

どこで何をしていたのか

家に戻ってくる気はあるか

 

 

 

 

父からの質問に僕は下を向いて答えた

 

間が持たなくて、恐ろしい勢いでコーヒーを啜った

 

 

 

人生で一番不味いコーヒーを、僕は人生で一番早く飲み干した

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三日前、仙台駅

 

 

霧雨で街は煙っていた

 

逃亡生活では初めての雨だ

 

 

 

 

 

どんよりとした空は鬱屈としていた気分に丁度良かった

 

出勤途中に逃げ出して辿り着いた梅田と、一度は帰宅を決意して結局逃げてきた仙台。

 

前者の時は開放感から心が軽くなったものだが、今回は家出をしてきたようで何だか後ろめたさがあった

 

 

 

 

 

これといった反抗期もなく、両親とも至って良好な関係だった僕にとって、家出の後ろめたさはある意味無断欠勤以上のものだったのかも知れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

初日の宿は個室ビデオ店

 

シコって、未見だったMCUシリーズの『ドクター・ストレンジ』を観て、寝る。

 

 

 

 

二日目はちょっと綺麗なカプセルホテル

 

併設されている食事処で折良く西武対楽天の試合をやっていた

 

「あ、走った」

 

西武の韋駄天・源田壮亮が盗塁を仕掛けると、向かいのテーブルのおっさんが呟く

 

セーフだった。

 

 

 

 

 

逃亡生活最後の日

 

九月に入って、かつ東北まで来たこともあってか、お盆前後に比べると幾分過ごしやすい気候になっていた。

 

秋の気配すら感じる晴天に誘われて、僕は昼食にイオンで弁当を買ってピクニックをすることにした。

 

 

 

やって来たのは、勾当台公園

 

そう、あの国民的超人気爆発アニメ『Wake Up,Girls!』の聖地である

 

 公園に入ると、多数のテントが張られて何やらイベントの準備をしているようである

 

 

そういえば今日は金曜だった

 

今は閑散としている公園も、週末には沢山の人で賑わうのだろうか

 

僕は…またマックで読書かな…

 

 

 

 

 

国民的超人気爆発アニメ『Wake Up,Girls!』でメンバーが踊った舞台を見ながらイオンの弁当を食らう

 

 

生で見ると思った以上にしょぼい。

 

 

鳩が寄ってくるので、米粒を飛ばしてやる

 

「もっとくれ」と言わんばかりの鳩を毅然とした態度で追い払う

 

社会人(仮)の威厳である

 

 

 

 

 

 

 

宿は地域最安値のカプセルホテル

 

格安だけに外観からしてお察しだったが、受付のおばあちゃんはべらぼうに優しい

 

その日はなんだか疲れて夕方ごろにはチェックインしたが、カプセル内でも暇が潰れず、結局荷物だけ置いて夕方の仙台をぶらぶら歩くことにした

 

 

 

「外出、いいすか」

「はいはい、鍵は預かっておくね」

 

べらぼうに愛想の良いおばあちゃんに鍵を預ける

 

本当に、泣きたくなるくらい優しい笑顔である

 

 

 

 

 

国民的超人気爆発アニメ『Wake Up,Girls!』の聖地・勾当台公園の方向に向かいながら、この生活の終わり方についてぼんやり考えた

 

 

もう自発的に帰ることはできそうになかった

 

三者に連れ帰ってもらうパターンかなあ、と思う

 

両親か、はたまた警察なんかが来たりするのかな

 

警察の厄介にはあんまりなりたくないな…

 

 

 

怖いような、でも、さすがに疲れたし、少し帰りたいような…

 

 

よく分からない気分だった

 

 

 

 

適当にメシを済ませ、ホテルに戻る。

 

風呂はかろうじて付いていたが、ただタイル張りの浴槽にお湯が張られた循環もしないものだった

 

 

ここに無数のおっさんが入ったのかと思うととても入る気がしない 僕は中途半端に潔癖なのだ 

 

 

体だけささっと洗って、寝た。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうもありがとう、いってらっしゃい、気をつけてね」

 

べらぼうに愛想の良いおばあちゃんに笑顔で送り出される

 

何だか全てを見抜かれているような錯覚さえ覚える

 

 

(気をつけてね、でも、そろそろ帰りなさい。ご両親も心配してるわよ…)

 

言外にそんな雰囲気を感じたのは、どこか神経が過敏になっているせいか… 

 

 

 

 

荷物を抱え、外に出る。

あってはならない自由が今日も僕を待っている。 

さて、どこに行こう。

 

とりあえずコンビニで朝飯でも食おうか

 

 

街道沿いのセブンにはイートインもあって…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「◯◯(僕の下の名前です)!◯◯(僕の下の名前です)じゃないの?!ちょっと、何してるのよ、こんなところで!!!」

 

 

 

紛うことなき母の声だった

 

(今日はもっと上等のカプセルホテルに泊まろうと思ったのになあ)

 

逃げる気力さえ起こらず、僕は声のする方に踵を返した

 

 

 

 

(了)