仕事をバックれて梅田に逃げた話〜帰還編〜

帰らなきゃ、帰らなきゃ…

 

 

 

失踪生活も一週間を過ぎた頃の僕は、日夜頭の中で呟いていた。

 

 

 

帰らなきゃ、帰らなきゃ…

 

 

 

 

自分に暗示をかけるようにして、なんとか僕は新幹線の切符を買う決意を固めた。

 

 

 

 

 

行きと同様、金券屋で安く済ませようと思い、甲子園のチケットを買った大阪駅の駅ビルへ向かう。

 

 

 

甲子園の決勝前日に行って入場券が買えるような場所である、

東京行きの新幹線の切符なんてごまんとあった。

 

 

 

 

適当に安そうなものを購入し、いざ新大阪へ…

 

 

………

 

 

(いや、今日は切符買ったし…それで十分じゃないか…?)

 

 

 

悪魔の僕が囁く

 

 

(何言ってるんだ!いつまでこんなことしてンだよ!とっとと現実に帰ンだよ!)

 

 

天使の僕が囁く

 

 

 

 

天使と悪魔の囁きに翻弄され、昼飯も食えず梅田駅前のベンチでぼ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとする。

 

 

 

この頃になると、駅前にある赤い観覧車なんかに妙な親近感を覚える。

 

 

 

 

「あの観覧車が見えるうちは、現実を忘れられる」

「この街にいる間は、何も考えず、ただ食う場所と寝る場所だけ確保すればいい」

 

 

 

別に誰に優しい言葉を掛けられた訳でもないのに、梅田という街がやけに暖かい街に思えてくる

 

 

 

なんとか天使の囁きが打ち勝って新大阪まで来た頃には、もうすっかり午後になっていた。

 

 

切符はどうやら窓口で乗車券?に引き換えなくてはならないらしい。

 

では窓口に…

 

 

………

 

 

…そういえば、新大阪の周りってあんま歩いたことないな…

 

 

…少し歩こう。

 

 

 

 

 

駅周辺はオフィス街で、殺風景だった。

 

こういう場所で、僕のサラリーマンのコスプレは実によく馴染む。

 

 

 

 

 

一週間の逃亡生活でなぜか知らんが妙に増えた荷物を抱えながら、僕はオフィス街を彷徨い歩いた。

 

 

 

 

歩き疲れた僕の目に止まったのは、ホームセンター「コーナン」である。

 

 

少し涼もうと思い、冷房の効いた店内を物色、セブンティーンアイスを頬張る。

 

 

 

 

 

休憩所的なところであいちゅをペロペロしていると、たい焼き屋がある。

 

 

店の明るいBGMと対照的に、感情無さげに立ち尽くすバイト風のにいちゃん。

 

 

大学時代のバイト中の自分とダブる。

 

 

帰ったら仕事やめて、クソバイトに逆戻りかなぁ…

 

 

 

なんて考えているうち、どんどん帰還の意欲を無くす。

 

 

 

 

 

コーナンを後にし、尚も駅と反対方向に歩き続ける。

 

 

もうどこがどこだかさっぱり分からない。

 

 

 

 

 

 

中学校らしき建物が見えてくる

 

体育館脇を通った時、聞き覚えのある音がした

 

 

ばちん、ばちん、ばちん

 

 

間違いなく、バレーボールの音だった

 

 

 

中学・高校とバレー部だった僕は懐かしい気分になる

 

 

なんだかんだであの頃は楽しかった

 

 

 

『練習のための練習』を繰り返す意識の低い部員だったが、練習後の帰り道にコンビニで紙パックのやっすい飲み物なんかを買って、友人と帰るのは今思えば青春である

 

 

 

ばちん、ばちん、ばちん

 

 

 

今、レシーブをしている部員たちが、十数年後、こんな荷物を抱えて徘徊する成人にならないことを祈るばかりである

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや何駅でもいいからとりあえず電車に乗りたかった

 

疲れた 梅田に帰りたい

 

 

訳のわからないアーケードの商店街をほっつき歩く、訳のわからない大荷物を抱えた成人男性を、小学生くらいの子供が無邪気に追い抜いてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

コンビニを見かけるたびに休憩がてら立ち寄って、エロ本を読み、気力を回復しながら、なんとかよく分からない駅にたどり着く。

 

 

 

よく分からない電車に乗って、腹が減ったのでよく分からない駅で降りると、折良く駅前によく分からないスーパーがある

 

もう辺りは真っ暗だった

 

 

 

 

よく分からないスーパーの弁当を、よく分からないイートインスペースで貪る

 

 

本当によく分からないくらい広々としていて、過ごしやすいイートインである

 

 

 

すぐ横に百均があった

 

店前には早々とハロウィングッズが並んでいる

 

 

本当に早いものだ まだ蝉が鳴いているくらいなのに

 

 

ハロウィンの頃なんて自分はどうしているんだろう

 

さすがに家には帰ってるかな それ以上はよく分からない

 

 

 

 

 

 

 

よく分からない電車が淀川を越え、梅田の明かりが見えてくる

 

もはや落ち着きを覚えるレベルだった

 

 

 

梅田暮らしは今日までにしよう

 

そう思いカプセルホテルで一泊

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、躊躇なくJRに乗って新大阪へ

 

流れるように新幹線に乗車、関西を後にする

 

 

東京から離れてゆく行きの新幹線ではどんどん気持ちが軽くなったが、帰りは対照的であった

 

 

近づく東京、高まる不安

 

 

 

 

東京駅の新幹線乗り場に着いた頃には、再び体が10トンくらいあるようだった

 

 

少しでも帰宅の時間を引き伸ばしたい一心で、行きにトイレへ放置したスマホを探すことにする

 

  

駅の落し物センターを訪ねると、10日も前の落し物は飯田橋にある警視庁の遺失物センターに行くらしい

 

 

 

…へぇ〜

 

 

 

また一つ賢くなれた。

 

みなさんもスマホを放置して10日が過ぎたら飯田橋に行きましょう。

 

 

 

 

 

遺失物センターで一筆書くと、すんなりと懐かしのスマホと再開できた

 

「一応、電源も入れてみてください」

 

署員に促され、電源を入れる。

 

 

 

滅多に鳴らない僕の携帯に、無数の通知が来ている。

 

軽い吐き気を催す

 

 

「どうです?間違いありませんか?」

「…はい」

 

 

 

 

 

遺失物センターを出て、通知を軽く確認する

 

親や会社の同期、それに上司までもが心配してラインを送ってくれている

 

「失踪」という事実がいよいよ身に迫ってきた

 

 

 

 

 

こうなると、帰るのが億劫になる一方だ。 

 

 

池袋でネカフェに入ったり、徘徊したり、コーヒーを飲んだり、いかにもラブホに入りそうなカップルを尾行した(結局タクシーに乗って巻かれた)りして、時間だけが徒らに過ぎてゆく

 

 

 

自宅の最寄り駅に着いたのは、もう日付が変わる頃だった。

 

 

足が鉛のように重い

 

 

自宅まで数メートルというところで、何を思ったか、僕はそれまで見れずにいた父親からのラインを開いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「連絡を下さい。お母さんも、大分疲れて来ています。」

 

 

 

 

 

 

「…無理だなぁ。」

 

 

口に出ていた。

 

家の前を早足で駆け抜ける。

 

 

 

 

途中、道路の夜間工事をやっていた。

 

 

「すみませんね!こっち、通れますんで、どうぞ!」

 

 

こんな僕に愛想よく言ってくれる工事のおっちゃんの優しさに泣きそうになる。

 

 

 

 

 

 

 

個室ビデオ店で一夜を明かし、翌朝コンビニで朝飯を食う頃には完全に再逃亡へ心がシフトしていて、爽やかでさえあった。

 

 

 

 

 

「元気です。近いうちに必ず帰ります」

 

 

 

 

 

母にラインを返し、気がついた時には仙台ゆきの新幹線の中だった。

 

 

完結編に続く